口に出すこと・出さないこと

Posted on 11月 28th, 2011 by katu in 介護するとき | Comments Off

一昔前まで、親の介護は子が最後まで家で見るもの。
と言うのが当たり前の時がありました。
そして、施設などに入所させると、
「親をあんなところに押し込めて」
と陰口をたたく、親戚、近所・・・。
これは、介護をする人間にとって、非常につらいものです。

平均寿命が延びた今、介護を必要とせずに天寿を全うできる人間が世の中にどれだけいるでしょう。
そのような人の方が今の時代少ないと言えます。

自宅で介護するとなると、介護する人間の負担は想像をはるかに超えます。
部外者が口を出すことでは決してありませんし、そういう人に限って、介護の経験がないのです。
手を出さないなら、口も出すなと言うことです。

口を出すなら、ぜひともねぎらいの言葉を出してほしいです。
そして、介護に関する有力な情報を教えてあげてほしいです。

東京の整体で知り合った方は、お嫁さんや娘さんが一人で介護をして、介護する側の人間の方が体調を崩してしまったという人を何人も知っていました。

理想は家庭で介護すること、だけどそれは現実的に非常に難しい。
だから、ショートステイや、介護支援など介護する人間にとって有益な情報は外野からどんどん助言していってほしいなって思います。

おすすめサイト→ガイガーカウンターはどれがいい?

完璧を目指し過ぎないこと

Posted on 4月 22nd, 2011 by katu in 介護するとき | Comments Off

介護をしていると出来るだけのことをしてあげたいと思い、完璧な介護を目指そうと思っていませんか?
ずさんな介護は問題外ですが、完璧までは目指さなくてもよいのです。

人には良いところ、悪いところがありどうしても上手にできない部分があります。
完璧な介護をめざそうとすると、どうしてもこの部分をなくさなければならなくなります。たしかに自分の短所といわれる部分をなくす努力は必要ですが、必要以上の努力をしてまで完璧を目指すと自分のことがいやになってきたり、自分を責めてしまうことがあります。
完璧をめざしたいところですが、ほどほどにとめておくことにしましょう。

神経質になりすぎて、自分がまいってしまっては介護を続けることが出来なくなってしまいます。
そうなってしまったほうが大変なことになってしまいます。
完璧を目指しすぎることは、肩に力が入りすぎてしまって疲れてしまいます。

できる限りの介護してあげたいという気持ちも大切ですが、ほどほどにがんばりすぎないようにしたいですね。

認知症と介護

Posted on 1月 11th, 2011 by katu in 認知症 | Comments Off

認知症になると、普段の日常生活が難しくなってきます。
テレビであるおばぁちゃんが認知症となってしまいその様子がテレビで流れていました。
まだ初期症状の状態なのですが、最初はテレビのリモコンの使い方が分からないというのが始まりだったようでです。
家族がもしかして!?と思い病院で診察を受けた結果、認知症と診断されたそうです。

認知症と間違い安いのが、物忘れですよね。
この二つの違いというのが、認知症というのは自分が体験をした事すべてを忘れてしまっているという事です。
反対に、物忘れというのは記憶の一部を忘れているという事なのです。

認知症の症状が進むと、どうしても介護が必要となってきます。
認知症は、昔の記憶よりもつい先日の事など新しい記憶を忘れてしまうのです。
だんだんその症状が進むと、つい数分前の事すら覚えていないという事もあるのです。
食事をした後でも、ご飯を食べていないとか家族の名前さえも忘れてしまいます。
そして、ドアが開けられないとかお箸を使えないとかなど日常生活も出来なくなってしまうのです。
このようにだんだんと認知症が酷くなると、やはり介護が必要となってきます。

最近では、高齢化社会が進み認知症の家族を抱えている方が多くなりました。
認知症は、自分には無関係ではありません。
専用サーバデータセンターダビングなどの業務に付きバリバリと働いていてもみなさん必ず高齢になります。
認知症は人ごとではないのですよ。
それぞれが、認知症の知識や介護についても知っておくべきだと思います。

介護と外出

Posted on 9月 30th, 2010 by katu in 介護にオススメ, 痴呆 | Comments Off

先日、クラウドに詳しいコールセンターに勤めている友人と買い物に出かけた時の話しです。
お昼御飯を買いに行こうとショッピングセンターに行ったのですが、レジの付近でベンチに座っていているおばぁちゃんがいました。
そのおばぁちゃんのそばを通りかかると、とんでも無い事が!?
おばぁちゃんは、眠りながら生のさんまを食べていたのです。
きっと、痴呆症か何かで家から出てきたのでしょうか?
周りに面倒を見ている家族らしき人はいなく・・・数分後にはそのおばぁちゃんは警備員の方に連れられて行っていました。

このおばぁちゃんは、一人で買い物に来たのでしょうか?
そうすると、そこまで歩いて来ている訳ですから・・・想像するだけで危なくて仕方ありません。
介護が必要になると、少しの外出でもとても大変だと聞きます。
しかし、お年寄りを家の中に閉じ込めておく事も出来ませんよね。
家に閉じ込めていたら、精神的にも肉体的にも参ってしまいますよね。
お年寄りですから、動かないと動けなくなったりとすぐに体にきてしまいます。
春になると桜を見にいったり、秋には紅葉を見に外に介護が必要なお年寄りを連れて行くのもよいでしょう。
お年寄りにとって、良い気分転換となるのではないでしょうか。

また、外出が心配だと言う人はお年寄りをデイサービスにお願いする事も良いかと思います。
介護が必要なお年寄りも、きっと気分転換が出来て同年代の友達も出来て良いかもしれませんね。

介護の本

Posted on 7月 26th, 2010 by katu in 介護にオススメ | Comments Off

介護と聞くと、ついついマイナスイメージを抱いてしまう方もいるでしょう。
”辛い”とか”大変”っていう暗いネガティブなイメージを持っている方が多いかもしれませんね。

”私はある本を読んでからというもの介護のイメージがガラリと変わった”と話す友人がいます。
その友人が読んだ本というのが、”ふまじめ介護―涙と笑いの修羅場講談”という本だそうです。
この本のタイトルにまずは驚き、介護に行き詰まった時に読んだそうですよ。

この本を読んだ時に、自分だけが思っていたと思っていた事がこの本に書かれていてみんな一緒なんだと思ったそうです。
手の抜ける所は、手抜きをする事も大事だと改めて思ったそうですよ。
毎日、無くなる事が無くどうして自分だけこんな辛い思いをしなくてはいけないの?って思っていた介護ですがこの本を読んでからは気分が楽になったそうですよ。

介護に行き詰まっている方や、実際に介護をされている方に読むと前向きに介護について考えられるようになる本のようです。
私も実際にこの本を読んだのですが、介護の暗いイメージが明るいイメージに変わりましたよ。

友人は、印刷を小ロットで行ってくれる印刷業者で少しの時間を旦那さんと交代をして働いているのですが仕事も介護も頑張れるようになったと話していました。
リフレッシュも必要なので、介護サービスへお願いをした日には旦那さんと山地酪農へドライブしたりもしているそうです。
そんな友人に脱帽ですね。

介護の資格

Posted on 4月 20th, 2009 by katu in 介護の資格 | Comments Off

介護の仕事につくには「資格」が必要になりますが、その資格には2つ種類があります。「免許」と「認定」になりますが、どういった違いがあるのでしょうか。

「免許資格」とは、その資格を取得しなければ、仕事に就けないものです。
一般的なものとして医師や学校の先生などがありますが、介護・福祉関連の資格にも多くの免許資格があります。免許とは、必要な知識や技術を有していることを保証するもので、有資格者だけにその業務を行うことが許されています。多くの場合、国家試験に合格することで免許がもらえるようになっています。

それに対して「認定資格」とは、その資格を取得していなくても、仕事には就けるものです。
例を挙げると、「パソコン検定」などの資格は、持っていなくてもパソコンは使えますし、パソコン関連の仕事にも就くことができます。しかし、その資格を有していることで、その人の専門知識や技術の水準を裏付けてくれるので、就職等に有利になることがあります。

認定資格は、主に民間団体が行う認定試験に合格すると得られ、介護・福祉の資格においては、ホームヘルパーなどが認定資格に該当します。

そうした資格を認定する機関によって、資格はおおまかに「国家資格」「公的資格」「民間資格」に分けられます。
一つ目の「国家資格」は、国から職業的な地位を保障され社会的な信用度も高い資格です。介護・福祉関係の資格では、「社会福祉士」や「介護福祉士」がこれにあたります。

二つ目の「公的資格」は、国や地方行政機関が認定する団体が実施する資格または試験のことです。介護・福祉関係の資格では、「手話通訳士」などがあります。

三つ目の「民間資格」は、国の法律では定められていませんが、企業や協会などの民間の任意団体が認定する資格です。介護・福祉関係の資格では、「福祉住環境コーディネーター」や「臨床心理士」などがあります。

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介護の経験者の話

Posted on 3月 11th, 2009 by katu in 介護するとき | Comments Off

介護の経験者の話によると、やっぱり腰痛がひどくなると言っていました。
元々介護のせいで腰痛持ちになったその人は、腰痛で妊娠初期の時期を乗りこえたという強者。
本人でも「よく流産せずに無事産めたよ」と言っていました。

介護の経験というのは、介護した人にしかわからないもの。
介護は辛いことだけじゃなく、感謝された時の喜びは本当に大きいものなんだとか。
わたしの友達で介護職についている人は、みんなお年寄りが大好きみたいで、
「うちの〇〇さん今日かわいくってさ~(笑)」と、
よくホームにいるおばあちゃんやおじいちゃんの話を聞いたりします!

介護職というのは大変な仕事ことには変わりないけど、
その人たちは介護職が天職だと言います。なかなか言えないことですよね。
でも介護職を続けていたら、やっぱりお年寄りの人と接することが多いから、
亡くなられる方もいて、その時は本当に辛いと言っていました・・・。

介護の世界はまだまだいろいろな問題がありますが、介護を必要としている人達が、
みんな適切な介護を受けれるような環境になれるように、国の方には頑張ってほしいなと思います。

わたしの最近の悩みは頭痛。子供のときって、頭痛が起きても関係なく遊んだりできたのに、
頭痛の辛さに対応しきれなくなってきたのはやっぱり歳のせいでしょうか・・・?
こうやってだんだん年を感じてきて、いつかは私も介護される側になるかもしれません。
考えるだけで辛くなることですが、人間は介護を通じて人に恩返しをしていくのでしょうね。

介護の辛さ

Posted on 2月 13th, 2009 by katu in 介護するとき | Comments Off

介護というのは、その疲れとストレスからうつ病になったりいろんな問題が出てきて、家族崩壊することもあるというほど辛いものらしいです。

身内の人間ほど元気にしていた時の姿を知っているのとギャップなどから介護を続けられなくなるという話も聞きます。そして、介護職についている人などは、他人だから介護が出来るとも聞いたことがあります。介護される人というのは色々なハンディーをもってしまっていて自分でも好んで介護さているわけじゃないですよね。お互いの精神的な辛さから、介護が難しくなるのではないでしょうか。

介護の大変なところは自宅の改修や介護の日用品の購入などもありますよね。介護をそれほど必要としていないくらいの人なら、手すりをつけるくらいでいいかもしれませんが、お年寄りの古い家だと和式のトイレだったりすることもありますよね。そうなると。足が都合悪ければ洋式に工事しなくてはいけないわけですし・・・。介護するにはお金もかかりますよね。

でも私の中学入試の時期に、祖母が腰を骨折して母が介護をしなければ行けなくなったときもありましたが、母は『今まで育ててもらったんだから介護して当たり前だと思うし、万が一おばあちゃんが死んでしまった後に「あの時こうしておけばよかった」って後悔したくないでしょ』と言ってました。確かに介護が辛くなる時というのは、その人に対する感謝の気持ちを忘れてしまっているような気がします。昔家庭教師をしていた友達が親の介護をするため大好きな家庭教師を辞めることになってしまったのですが、後悔は全くしていないと言っていました。

その介護する人に対しての感謝の気持ちがあれば介護も死ぬほど苦痛なものにはならないのかもしれません。

富山型デイサービスから学ぶ

Posted on 11月 21st, 2008 by katu in 介護施設 | Comments Off

私の甥に、非常にお年寄り受けのする子供がいます。
2歳の男の子ですが、弟なので、おしゃべりが上手で、普通に道を歩いているだけでもお年寄りから話しかけられます。
従って、母が特別養護老人ホームに入所している実家の母親(私の母方のおばあちゃん)のお見舞いに行く際には必ずと言ってもいいほど連れて行きます。

子供の高い声は、お年寄りにはよく聞こえるらしく、甥の声が聞こえてくると、おばあちゃんだけではなく、よそのお年寄りの方も集まってきます。
人見知りしない性格と、天性のお笑い系の性格でお年寄りたちを笑わせ、一緒にじゃんけんをしたりして遊ぶ甥は、まさに特別養護老人ホームの綾小路きみまろいえ、氷川きよしです。

幼児から高齢者まで年齢や障害の有無にかかわらず受け入れる富山型デイサービスや、幼稚園と老人福祉施設とが併設している施設が増えつつあるのはやはりこういったことからなのでしょうか。

核家族が増えつつある現在、お年寄りと交流が持てない子供が沢山います。
逆に、手厚い看護がうけられると同時に、家族やご近所との交流が希薄になるお年寄り。
こういったところを補い合うことのできる場所はこれからもっと増えていくべきなのではないでしょうか。

悔しいけれど、私には甥ほどお年寄りの方々を和ませる能力はありませんし、お年寄りの方々ほど甥の一挙手一投足に喜んであげることもできません。
年が大きく離れていても、せわしくしている大人に比べ両者は時間の流れが同じなのかもしれませんね。

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怪我の功名

Posted on 11月 6th, 2008 by katu in 介護施設 | Comments Off

先日東京ディズニーランドへ遊びに行った際、ついでに湾岸沿いをドライブでもしてみようかと車を走らせ、千葉ポートパークの方まで足を伸ばしに行った時、突然ギックリ腰のようなものになってしまいました
(T_T)

どうしようもないので、実家へヘルプの電話をかけて、千葉市の整体院を検索してもらい、速攻で治療してもらいに。
そのあとは、運転を家族に代わってもらい、ホテルで大人しくテレビ三昧の生活。

そこで、久しく見ていなかったNHKの番組を見ている(教養のなさがうかがい知れますね)と、ある都内の老人福祉施設のドキュメンタリー番組をやっていました。
決して大きな規模ではないその施設の中で、施設の人たちが家族のように介護している姿は、胸が熱くなる思いがしました。
年に一度宗派は分からないのですが、仏前で供養をしてもらうとき、その片隅に映っていたのが無縁仏の遺骨。
山積みでした。。。。

その映像に私は衝撃を隠しきれませんでした。
小さな老人福祉施設です。
決して儲けは多くはありません。
都心の一角で細々と経営しているのでは、いつ経営破たんしてしまうかもしれません。
万が一そうなったとき、これらの遺骨はどうなるのでしょう。
儲け話にうつつをぬかし、数億円もの詐欺を起こされたと騒ぐ資産家さんがいますが、そういったことに投じるお金があるのであれば、そういった施設に寄付すべきではないでしょうか。
まあ、儲け話が好きなのだから、金の亡者でしょう。寄付しようなんて善意を持ち合わせているかどうかは???ですけどね。

番組最後の方で、施設のかたが亡くなった方のことについて、「エネルギーの法則からすると、彼等は姿は見えないけれど、存在している。どこか好きな所へ行っているのではないかな?」なんてことを言っていました。
とても前向きな考え方の方です。
個の施設でみとられて逝った方々は幸せですね。

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